クレッシェンド 音楽の架け橋について語る|音楽は国境を越えるのか(ネタバレ注意)

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少し前の映画にはなるんですが、「クレッシェンド 音楽の架け橋」という映画を鑑賞しました。

「クレッシェンド 音楽の架け橋」は、今世界で最も解決が難しいとされるパレスチナ問題をテーマに、イスラエルとパレスチナの若い音楽家たちが合同オーケストラを結成するという、実在するオーケストラをモデルに描いた映画です。

とても心に刺さる良い映画であったのと同時に、色々なことを考えさせられました。

今回は、そんな「クレッシェンド 音楽の架け橋」を観て感じたことを、ありのまま綴ろうと思います。
がっつりとネタバレを含みますので、まだ映画を観ていない方はご注意ください。

音楽は国境を越える。でも…

平和の中での音楽と争いの中での音楽

この映画、もう冒頭から衝撃を受けました。

バイオリンの練習中に催涙ガスが飛んでくるんです。

そんなこと、今の日本ではありませんよね。
ただ好きなことに没頭したいだけなのに、たったそれだけのことすら環境が許してくれない。

そんな環境の中で “好き” を貫くのは、いったいどれだけの精神力がいるのでしょうか。

「今日は気分じゃないから無理に練習するのは止めよう」
「体調が悪いから明日にしよう」
そんな考えが浮かぶのは、きっと平和であるからこその贅沢でとてももったいない思考と行動なのでしょうね。

「平和」の意味は人によって違う

この映画では、音楽以外の部分でとても印象に残っているシーンがあります。
それは、指揮者のある問いかけ。

「平和を望むか」

そのシンプルな問いを、作中で指揮者は団員に向けて2回投げかけます。

1回目の答えに、私はこの作品内で一番の衝撃を受けました。
ほとんどの団員の答えは「No」だったんです。

誰だって争いを望んでいないはずだ、と考えていた私にはすぐには受け入れられない結果でした。
でも、受け入れられないからといって否定してしまったら、それは思考停止で世界を見ていないことになります。

だから私は考えました。
「No」が意味するものとは何であるのか、と。

そこで気づいたことがあります。

指揮者の質問は「平和を望むか」であって「争いを望むか」ではないんです。

「平和」という状況を冷静に考えてみると、それは集団の中でお互いに気遣い譲歩しあって成り立つ環境のことを指すのだと思います。

その状況は、戦争や紛争のない現代の日本に生まれた私たちにとっては何の変哲もない日常的な光景です。

でも…

戦争や紛争が起きている国では、お互いに主張があり、その主張が市民を巻き込む武力行使の状況と常に隣り合わせです。

そんな環境で私たちの考える平和は、どのように捉えられるのでしょう。

「No」という答えが出るということは、彼らにとっての「平和」とは、自分たちの主張をグッと飲み込み我慢し、相手の主張を無条件で受け入れ、もし相手の攻撃で亡くなった家族や友人がいてもそれは広い心で許しなさい、そう言われているような感覚になってしまっているのではないでしょうか。

あくまでこれは私の考えでしかありませんが、価値観というものは環境によって大きく変わることに改めて気付かされました。

憎しみや恐怖は簡単には消えない

平和に対する考え方に通じる話ではありますが、染み付いた憎しみはなかなか消えないということもこの映画を通して思い知らされました。

物語が進むにつれて、憎み合っていた団員たちは少しずつ打ち解けて、指揮者の2回目の問いかけにはほとんどの団員が「Yes」と答えました。

しかし物語終盤のある出来事によって、お互いにやっと心を開きかけてたのに、あっという間にまた憎み合う状態に戻ってしまいます。

この映画を通して、憎しみは語り継いではいけないんだと思わされました。

同じことを繰り返さないために、歴史を語り継ぐことは大切です。でも、事実と感情はやはり分けて考えないといつまで経っても憎しみの連鎖を断ち切ることはできない。

だからこそ、何も知らない世代に憎しみの感情まで語り継いでしまってはいけないのではないかと感じました。

もちろんこれは、平和な環境で育ったから言えることであって、私が映画の中の団員と同じ環境に立たされてもそう言い切れるかは分かりません…。

そういう意味でも、今回色々と考えさせられました。

それでも音楽は希望の種になる

物語終盤、あっという間に崩れ落ちた少しの絆。
でも、音楽を通してほんの少し育った芽は完全になくなってはいませんでした。

最後、空港でお別れする団員たちのシーン。

序盤に打ち解けることを頑なに拒否していたロンという団員が、憎んでいるはずの相手方へ向けて問いかけるように演奏を始めます。

そこからいがみ合っていたはずの団員たちが演奏に参加し始め、最後には全員でお互いを隔てる壁を挟んでのボレロの演奏。

物理的に隔てる壁が、平和への道のりがとても険しく長いことを示しているようにも感じますが…

それでも、演奏の間、お互いへの憎しみはなく、音楽という共通の言語で確かに心を通わせていたんです。

「音楽は国境を越える」なんてよく言いますが、これはきっと完全な綺麗事ではなく事実でもあるのでしょう。

音楽は英語や日本語といった言葉と違って、どの国でも共通。
音楽でのコミュニケーションに必要なのは、お互いを意識して、相手に合わせること。

それって、平和への第一歩なのではないでしょうか。

「クレッシェンド 音楽の架け橋」を観て、音楽はただの娯楽ではなく、平和への立派な希望の種になる、音楽の力ってやっぱりすごいなと感じました。

「音楽は国境を越える」そんな言葉の意味を改めて考えさせてくれる映画でした。

音楽は聴くだけじゃなく、実際に触れてみるのもとてもおすすめです。
私が趣味で習っているバイオリンについても記事にしてありますので、そちらも覗いてもらえると嬉しいです。

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